2019年11月6日(水)、会津美里町役場本庁舎じげんプラザ2階大会議室にて「まちの資源や魅力を見つけ、新たな地域のにぎわいをつくる」ことを目的としたセミナー『会津美里町魅力づくり勉強会』が開催されました。その様子を3回のレポートに分けてお届けします。

会津美里町には現在は住む人がいなくなってしまったものの、会津の暮らしや、歴史・風土が感じられる蔵座敷のある家や、昔ながらの空き店舗が残っています。そうした建物には、「時を重ねたからこそ感じられる趣」があり、その集積によって、まちの佇まいと個性が感じられます。

空き家や空き店舗は、とかくネガティブに捉えられがちですが、見方を変えれば会津美里町の資源であり、また、見立てを変えれば、新たな使い方によって、より魅力的にもなります。そして、同様に、「まち」というエリアも見方や見立てを変えると、新たな価値を生み出し、「会津美里町ならでは」の個性となって、人を惹きつけるお宝となります。

今回は、東京の下町で解体されそうになっていた1軒の古いアパートを舞台に新たな価値を生み出し、小さくても濃密で強力な引力を持ってファンを増やし続け、エリアの魅力を高める取り組みをされている建築家の宮崎晃吉(みやざき・みつよし)さんをゲストにお迎えし、会津美里町のこれからのまちづくりのヒントにつながる「まちやど」という考え方について、お話を伺いました。

築60年の木造アパートをリノベーション

(引用:宮崎さんレクチャー資料)

JR「日暮里」駅、または東京メトロ「千駄木」駅から歩くこと5分。昔ながらの商店街を抜け、70以上ものお寺がひしめく狭い路地を抜けると、「HAGISO」はあります。実はこの物件、もともと1955年に建てられた「萩荘」という名の、不動産屋からも「価値がない」と見捨てられていた木造アパートでした。

「当時、東京藝術大学の学生だった僕には、大学まで徒歩15分で家賃も安いこの物件は魅力的でした。大家は隣接するお寺のご住職。『どうせ放置している家だから、何をしてもいいよ』と言われ、仲間と一緒にD.I.Y.をしながら暮らしました」

2004年から「萩荘」は東京藝術大学の学生のアトリエ兼シェアハウスとして使われており、宮崎さん自身も2006年から住民として入居。設計事務所に就職した後も、萩荘での楽しい生活は続きました。そんな暮らしに急展開が起こったのは、2011年の東日本大震災の後。老朽化を不安視した大家である隣のお寺のご住職が解体を決断したのです。

 

“建物のお葬式”のイベントに1,500人が来場

(引用:宮崎さんレクチャー資料)

当時は有名な建築家が率いる設計事務所に勤め、中国の大規模開発事業などにも関わっていた宮崎さん。解体の知らせを受けて思い出したのは、萩荘のすぐ裏にあった大好きな銭湯が震災後すぐに取り壊されて分譲住宅が建ったこと。谷中は隣接する根津や千駄木と合わせて「谷根千」と呼ばれ、古き良き下町として人気があるエリア。このまちの魅力そのものである、歴史と文化を感じさせてくれる建物がどんどん壊されていくと、まちに惚れ込んでいた宮崎さんはショックを受けたのです。

その差し迫った事態を前に、「せめて建物があった記憶だけでも残したい」と、住人とともに萩荘の最期を飾るにふさわしいグループ展「ハギエンナーレ2012」を企画した宮崎さん。例えば、萩荘に落ちていたビスや釘を拾い集めて壁に打ち付けたり、柱を彫刻したり。お金を使わず、その建物にあるものを使って作品をつくりました。

そのユニークなアートイベントは口コミで広がり、その姿をひと目みようと3週間で、なんと1,500人が来場。すると、この予想以上の盛況を目にした大家さんが建物の価値を見直し、解体ではなく改修して新しく生まれ変わらせることになったのです。

 

まちのポテンシャルに目を向ける

(引用:宮崎さんレクチャー資料)

それならばと、宮崎さんは事業計画書を見様見真似でつくり、萩荘の再活用方法をプレゼン。見事に採用されたその案をもとに、2013年3月にカフェやギャラリー、貸スペース、テナント(美容室)、アーティストアトリエ、設計事務所が入居する“最小文化複合施設”「HAGISO」が誕生しました。

「僕も費用の1/3のお金を負担するということになったんですけど、お金がなかったので政策金融公庫に相談に行きました。すると、ハギエンナーレで1,500人を3週間で集めたことを聞いた担当者がビジネスの可能性を感じてくれて、実績もない20代の若者に1,000万円も貸してくれました」

(引用:宮崎さんレクチャー資料)

建物の構造やインフラ部分の工事費用は大家さんが負担し、内装や設備については宮崎さんが負担。工務店にお願いするだけでなく、自分たちで出来る部分は自分たちでD.I.Y.。足りない費用の一部はクラウドファンディングで集めるなど、手探りでつくり上げました。

改修費用は5年で回収できる計画を練り、それに基づいて家賃設定をする。ギャラリーは若いアーティストに貸し出すため、基本的に無料。その代わり、カフェやレンタルスペースで稼ぐという算段です。さらに、機能を備えるだけではなく、積極的に町内会のメンバーやまちのNPOの方々を「HAGISO」に集めてイベントも開催。次第に、まちの人たちが集う場に育っていきました。

(引用:宮崎さんレクチャー資料)

「学生時代は『アパートの中で学生が怪しいことばかりやってる』と思われていたのに、建物をまちに開いたら、まちの人たちと協同して暮らせるようになった。逆を言えば、まちの価値があるからこそ、僕らの価値も担保されているのだと気付かされました」

自らが惚れ込んだまちのポテンシャルに、自らリスクを追って行動を起こす。古い物件を改修して、新たな役割を持たせる。それによって、昔ながらのまちの風景も守ることができる。まずは自分たちのまちのポテンシャルを見つける。まちの価値を高める第一歩は、そこから始まります。

 

文:『会津美里の日々』編集室